広告やデザインは生活や身近な愛に勝てない、というような感覚を最近ジワジワと持つ。当たり前のことかな。ただ、広告とデザインは全く別のものだし、一切バカにするつもりはない。
歳のせいか欲するものが気持ちいい生活感のリズムや日々に愛情があるかということに収斂してきて、前ほど広告的なものやデザインに対して熱を感じなくなった。
お前はどう広告やデザインにコミットしてきたのか、という部分に諸兄は引っかかるだろう。デザインの根本は愛情だし、よいデザインはあらゆる分野で生活を心地よくする。何かを売るための広告だって、創り出す人々には誰かや自分の生活を快適にするために発信したいというポジティブな感情があるはず。
つまるところ、そういう感情を育んで伝える場へと自分と周囲を高められてこなかったという反省と、ある種の諦観があるのだろう。
だから、シフトする。諦めなくていいように。場を変えるのはきっかけであって、自分が成長するよりない。
バーやホテルの接客にずっと憧れのようなものがあるのは、ダイレクトにおもてなしを伝えることが出来、またコールアンドレスポンスがその場で感じられるからだろう。あらゆる表現のライブパフォーマンスにも同じものを感じる。制作物にしても静的な表現より、音や映像、インスタレーションに惹かれることが多いのは、作品に作家の憑依を感じて鑑賞の中にもコミュニケーションが活発だからだろう。よいと思える写真や絵画、グラフィックも、コミュニケーションを求めているんだきっと。